ダ・カーポ

入学式前


 今ではない何時か。
 此処ではない何処か。
 地球によく似た小さな星。
 太陽と月があり一日が二十四時間で廻る星。
 決して地球ではないがその星には人が繁栄していた。
 星に名は無い。
 世界を「世界」と呼ぶように星人は星を「星」と呼ぶ。
 その星には幾つかの大陸がある。
 その内の一つ……アイリツ大陸には四つの国があった。
 北の神国。
 南の王国。
 東の皇国。
 西の帝国。
 それらが国境紛争を起こしている。
 国同士の国力はほとんど同値だ。
 であるため戦争は一進一退。
 今もまた戦争で命を落とす兵士がいるが、そんなものは大河に一滴の水を落とすようなものだ。
 東西南北の国々は大陸を制覇するために戦争を続ける。
 ただし地球の戦争とは毛色が違う。
 この星には魔女がおり魔術を使う。
 魔女。
 魔術を使う女性の総称だ。
 魔女はマジックキャパシティ……キャパを持っておりキャパの許す限りの魔術を行使する。
 その魔術と呼ばれる技術はエネルギー保存則に順じない。
 正真正銘の奇跡だ。
 何も無い所から炎を取り出す。
 何も無い所から風の刃を作り出す。
 何も無い所から雷撃を放つ。
 魔女は平然とそんな不条理を起こすのだ。
 特に上位の魔女ともなると一人で一個大隊に匹敵する戦力だ。
 故に魔女は国の財産でありアイリツ大陸は女性優位社会と云える。
 男性はキャパを持たないため魔術を使えない。
 無論体力や身体能力は男性の方に強度がある。
 剣や槍を以て戦えば男性が勝つだろう。
 が……そこに魔術を加えれば途端に事情は逆となる。
 つまりアイリツ大陸における国力とは魔女の質に左右されるのだ。
 しかして争ってばかりでは国力の疲弊は著しい。
 まして魔術は神秘や奇跡と呼ばれる効果を持つため研究の対象となる。
 妥協案が取られた。
 北の神国と南の王国と東の皇国と西の帝国は大陸の中心に政治的空白地帯を造り、そこに大陸魔術学院を設置した。
 大陸魔術学院。
 アイリツ大陸において魔術の研鑽教育するための機関である。
 当然政治的空白地帯であるためお国の事情は反映されず、永世中立地帯となる。
 魔女の卵が集まる学院として大陸で知らぬ者の無い機関だ。
 アイリツ大陸の女性……魔女は大陸魔術学院で魔術を学び所属する国の専属魔女となって栄誉を手に入れるのが常道だ。
 無論、学院に残って魔術の研鑽を続ける魔女も多いが。
 どちらが正しいかはこの際無視して、魔女の性能が国力に直結するため政治的空白地帯の大陸魔術学院に女性を送り込み質の高い魔女を確保するというのが四つの国の基本則となっているくらいである。
 春。
 一人の『男性』が大陸魔術学院に入学するところから物語は始まる。

    *

「ん〜……美味い!」
 ビテンは手放しで褒めた。
 何を?
 マリンの手料理を。
 ビテンは黒髪黒眼の少年だ。
 黒くツンツン尖っている髪は闇の様。
 黒い瞳には少年らしい溌剌さと若さが同居していた。
 着ている服は真っ黒な学ラン。
 学ランはオランダ由来の服のことだが当然この世界にはオランダは無い。
 あくまで大別すれば此処ではないどこかの世界の学ランと同一の服装だ……という意味である。
 少年でありながら大陸魔術学院に籍を置くイレギュラー故に学院制服が用意されず、代替として学ランを支給されているビテンであった。
「美味しいなら……良かったよ……」
 照れるのは黒髪黒眼の美少女。
 名をマリン。
 ブラックシルクの様なきめ細やかな短髪はいっそ芸術と云うべきだろう。
 瞳も黒いが聡明にして利発な意思が窺える。
 ビテンとマリン。
 二人の少年少女は部屋を共にしていた。
「男女七歳にして席を同じうせず」
 とは云うものの事情が事情なだけに同室が許されている。
 此処は大陸魔術学院の学生寮。
 基本二人部屋で、それ故に《例外として》魔術を使える男性……ビテンが二人部屋に配置されるならば幼馴染のマリンが適当だということに異論は出なかった。
 そんなわけで学生寮にて同室するビテンとマリンは寝食を共にするわけで、マリンのふるまった食事をビテンが手放しで褒めたのである。
 ビテンは魔術の素養はともかく家事全般においてはあまりに不器用であるためマリンが度々フォローすることになる。
 食事が終わるとビテンとマリンはマリンの淹れたお茶を飲むのだった。
 ちなみにスケジュール的に入学式はもうすぐで、学生寮に身を移したビテンとマリンは荷解きを終えた所……といった具合だ。
 とはいえ荷解きのほとんどはマリンの功績なのだが。
「大陸魔術学院かぁ。ちょっとワクワクするな」
 男性でありながら学院に入学したビテンがそう言う。
「あう……」
 とマリンは怯む。
 これには事情があるがここで言っても詮方無きこと。
「一緒のクラスになれればいいな」
「あう……。そうだね……」
 照れるマリンだった。

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